2017

ちょこっと散歩〜無藝荘(むげいそう) 

「雲低く寝待月出でて、遠望模糊、まことに佳境、連日の俗腸を洗う」

昭和29年夏、『東京物語』の撮影翌年 小津安二郎は、友人の脚本家野田高梧に伴われ、
初めて蓼科高原の野田の山荘「雲呼荘」を訪れた際、『蓼科日記』にそう記したと言われています。

蓼科の自然、人、酒がすっかり気に入り、蓼科に仕事場を移し『東京暮色』以降、没するまでの6作品のシナリオが此処で書かれました。
(中略)

『雲呼荘』はすでに取り壊されて現存しませんが、小津が仕事場として、また接待の場所として使用した『無藝荘(むげいそう)』が残っています。

(脚本家 野田高梧記念蓼科シナリオ研究所が「新・雲呼荘」として2017年四月開館しています。)

昭和初期に製糸業で名高い諏訪の片倉家が地元の旧家を移築し別荘とした『片倉山荘』(木造平屋建て約126平方m)を昭和31年、蓼科に腰を据えシナリオを書き始めた小津が借り『無藝荘』と命名しました。

その後、この山荘は個人の所有となりましたが、平成15年、茅野市と地元で建物を引き取り、移築 改修を行ない茅葺き屋根を復元、風呂や釜、手洗い場の風情も当時の姿のままに再現されています。
(蓼科映画祭期間中は一般に無料公開されています。)

小津、野田の二人は蓼科生活の一番の楽しみとして、日に何度なく蓼科の疎林を散歩することが日課で、中でも一本桜へは仕事が行き詰まった時や東京から客人を迎えた時など足繁く通ったようです。今、一本桜は当時に比べてかなり大木になっていますが 往時のたたずまいと変わらぬ姿でひっそりと立っている。正面に美しい蓼科山を望めます。

小津安二郎生誕110年、野田高梧生誕120年という節目に当たる2013年、一本桜までの約4㎞の散歩道が「小津の散歩道」として整備されました。小津が踏みしめた土、目にした風景、耳にした鳥の声など蓼科の自然を肌で感じることができます。

ノマの森から「小津の散歩道」へはすぐです。

引用:Tateshinakogen Film Festival 小津安二郎記念蓼科高原映画祭より
第20回小津安二郎記念・蓼科高原映画祭が開催されます。日時:2017/9/16(土)〜24(日)
問い合わせ先:実行委員会事務局:〒391-8501 長野県茅野市塚原2-6-1 茅野市役所 観光課内 TEL.0266-72-2101 FAX.0266-72-5833